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例の記事

ある日ネットを開いた時の事、ひとつのトピックスに目がいった。

なんでも、その検索してはいけないワードというもので、
グロ画像や虐待ブログ等、怖いもの見たさの人の好奇心をそそるであろう、
そんな内容のものばかりであった。

普段から、そういったモノを見る人の、所謂「ワイドショー好きの好奇心」にウンザリだ。

そんな事を思いながら、その中でも世界で一番残虐な(グロ)動画と定評のある戦争の映像に着目した。

イスラムを研究する中でその戦争は何度も聞く名前だったからだ。

その動画を見た人たちの書き込みには、
あまりの悲惨な光景に絶望感に打ちひしがれる人、日本に生まれて良かったと、
単純な愛国心を示す人、戦争を否定し嘆く人等が大多数であった。

私は違和感と少しの嫌悪感を覚えた。

動画の本当の目的は宗教戦争の雰囲気を醸成する目的。だそうだ。

戦争の現実を伝える唯一つの手段なのか、悪意ある流失なのか。
理由はどうにだってなるし、受け手によっても違う。

それぞれの意見はあるが、少なくともこの動画は「日本でよかった」「可哀想」なんて
間抜けた回答を求めている訳では無いだろう。

だからなんだよ、このゆとりが!なんて思い、
まして「グロ」動画と謳われている冒涜以外何者でもない
品性の無さに失笑しつつ、それは無視して本題に入る。


その戦争はイスラム教とキリスト教の戦争。(これも彼らにとっては聖戦)
抗争の発端は、ムスリムの少女がキリスト教徒に性的暴行を受けたという噂が原因だった。
この抗争により、数千人ものムスリムとキリスト教徒が死亡し、60,000世帯以上が避難したとも報告されたもの。

「噂」が戦争を引き起こしたのも驚きだが、その「噂」が引き金となり、
積み重なったお互いの緒が切れ、暴動を巻き起こしたものに過ぎないのか。

きっかけは何でもよかった。とでも言いかねない暴走の理由に、
宗教観を持たない私は困惑した。

そしてその回答も出ない。
私は、グロはいらないが、宗教動画は必要。そんな理由で再生させた。


再生してみると、敵対する人種の生首を笑みを浮かべながら掲げる姿、
原型が判らないほど顔面や体が激しく損壊された遺体、
頭皮が剥されながらも逃げる人を凶器を振り回しながら追いかける人。

掻き切られた子供の遺体を抱いて泣き叫ぶ母親。

どれも、犠牲者が「敵対宗教人」と言うだけで殺され、迫害されるという、
なんとも無実で無関係な「戦争」だった。


人間は、自分の大切な人を残虐な方法で殺されたなら、
犯人も残虐な方法で殺してやろうと、考える。

その対象が増えるほど、復讐する相手が個人ではなく集団となり、
その集団の総称として宗教に向けられる。

宗教の違いだけがこの現象を引き起こすことはない。

宗教は、別に神を崇めるためだけではなく、
皆の考えをまとめるように作られたものと言う概念もある。


だから考えが違う人種が武力によって戦うことも当然ありえる。


同じ人間であっても、環境や教育によって
互いに理解する事は不可能なのかとすら感じる。


それを遠く離れた裕福な国、日本。の事情も何も知らない人間達が
全部解った様に語る事が
ちゃんちゃらおかしく見えて仕方ない。


日本にいるからこそ考えなきゃいけないとか、酷いとか、
人殺しや戦争は絶対いけない事だと考える「余裕」がある。


その上から目線にウンザリするし、偽善的で吐き気がする。
理想論だけ掲げたくないから私は目で見たものしか信じない。


そんなの当事者でない私には解るはずも無いし、
解ったふりも甚だしい。

所詮この国にいる以上、皆が綺麗事だらけの他人事。
だったらおまえ、行けよ、少しでも「助けて」みろよ。

行動する人なんて皆無だろう。
向こうの人からすればまず、まずは宗教を信じろと言われるだろうけど。

向こうで生まれて生活を歩まないと、
彼らが何故そんなに怒り、殺すのか一生解らない。

良いとか悪いとか、善とか悪は、その土地や宗教によって違ってくる
そんな摩訶不思議な現象がこの世には存在する。


人を殺す「正義」が確かに宗教にはあるという事実。


以前私は、自身も巻き込まれた紛争の現場にて、
重症を負った子供を救助する中、私の怒りが爆発し、

「お前らの信じる全能の神ってなんだよ!!人を殺してるだけじゃねぇか!」と叫んだ。

勿論その声もかき消され、その子供は亡くなった。


宗教人でない私はそんなの知らないけど 、無視は出来ない。

人として。という言葉が通用しないのは、其処に根強い習性があるからだ。

生きている人が「死」を語る滑稽さに似ている。

私がそういう地帯に足を向けるのも間違った事。それこそ「冒涜」だろう。

私は傲慢なくらい腐っているから自分に起こっている危機すらも「他人事」に
変えてしまうのだろう。自分自身が被害にあっても、なんとも思わないのだから
本当にぶっ壊れているのだと思う。

動画を見ても、心が揺れず、ああ、あったよな。と思うし、

医療従事者である私は解剖も病態も手術も、変死も
「日常」で麻痺されてる部分は否めない。


この戦争は、両宗教の崇拝する各神を冒涜し裏切った結果なのではないか。

それが宗教と現実を見ただけの私の出す回答。

キリストは堕胎を禁じ、処女受胎のマリアをも重んずる思想がある宗教の崇拝人が、暴行に及ぶはずが無い。
とキリストを信じていれば主張も出来ただろう。

ムスリムはストイックかつ性的な事に対しては厳しく割礼の習慣までもある宗教。
まぁ、少女が暴行されたとなっては、一大事になるのも無理は無いが、あくまでも噂である。


宗教戦争。それは宗教がある限り無くならない。

人の死を無駄にしてはならない。 どの宗教にも触れられている「死」
それには、殺めないことが第一前提にあると考える私は何も解っていない。

少なくとも私は、「自分の信じている宗教のために死ねる」
事が、理解できないままで居るのだから。

神は、人を殺さない。

それは「平和な」国日本生まれ日本育ちの私の価値観。
それは憲法、法律を基準として作り上げられた日本教育にも当てはまる。

欲の上に法律が作られる。規制しないと調律が取れない程の「欲」が。
またそれは次回。



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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
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