Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

終末に。

いつもこの時期になると色々甦って、肌寒さと記憶がまた同じ時間を巻き戻す。
あたしはあるひとりの在宅患者さんを思ってた。

あたしは今でも、訪問看護のバイトを続けている。

一対一の看護、長い時間を掛けての、最も個別性のあるもの。
そして、その殆どが、「その人」を、「看取る」為の看護。

その多くが「末期がん」の患者さんだった。

始めたばかりのその当時まだあたしは
「人の死に対する拒絶」を乗り越えられていなかった。

決して今でも慣れた訳ではない。
慣れるものでもない。

もう、結構長い間看ていたひとりの男性患者さんの事。

出会った時には既に終末期を迎えていた。
あたしはその方が病院から帰宅できる間、二泊三日介助していた。
保険範囲外での対応となったが、本人がそれを希望していた。

一日目、夕方に窓の外を眺めながら
「家はいいね。」と、一言だけ呟いた。
何十年と住み続けた家。
その方がいつもの見ていたその風景を、確かめる様に眺めていた。

もう、呼吸も荒く、声を出すと激痛が走り出す位に体は蝕まれていた。
水も通らず、あたしは湿ったガーゼで口の中を拭う事しか出来なかった。

末期ガンの疼痛は、麻薬を使用しないといけない程、劇症なもの。
なのにその方は、麻薬すら出されず、鎮痛剤も小児に使う程度のものしかなかった。

病院からの受け渡しの際、それを問い詰めると
面倒くさそうな顔で、「これだけです。本人もあまり痛みは無いみたいですよ。」
と言っただけだった。
家族もキレ気味に問い詰めていたが、返ってくる答えは同じだった。


実際は、体が揺れるだけで叫び声をあげてしまうくらいなのに。


そしてそのまま自宅へ帰り、夜中にそれが猛威を振るう。

だんだん叫び声が唸りに代わり、
声も潰れて表情だけが疼痛の程度を表していた。

「どこがどうなっているのか分からない。」患者さんはそう一言、振り絞る様にそう言った。

そして、


「看護師さん、最期まで、みてて。」


あたしはその瞬間、感情の抑制が効かなくなりそうだった。
でも、今、一番辛いのは、本人。泣くわけにはいかない。

「大丈夫ですよ、ここにいますから安心してください。」

ただ、その一言しか言えなかった。

在宅に帰宅できるようになってから、ずっと付き合ってきた間に
お互い色んな感情や状況を共有していたのだろう。
いつの間にか普段、仕事に情を持ち込まない主義のあたしが崩れていた。

そして、あたしに出来る事は何かを考えた。

本人が言うとおり、「そこに居る」事しか出来ない。


あたしが看護を行う上での一番の価値観は、


「本人が苦しむことなく最期を迎えられればいい。」


ガンの疼痛は、耐える必要の無い痛み。
痛みに支配されて自分を見失う事は、その人にとって
全くの無意味な事だとあたしは思っている。

そして、最期まで疼痛に支配されたまま逝去するのは、
究極の拷問だと思っている。


なのに、今、この場では、使えるものは何一つ無い。


騙し騙し、気休めにもならない薬を使い、一番安楽な体位と環境を作る。


本人にとって、一番の願いは
「家で。この思い入れのある環境と、家族と一緒に過ごす事」。

そしてあたしは、その状態を安全安楽に過ごせるよう見守る事。

あたしはベットの横で、だだ、擦ったり、手を握ったり、
一方的に話しかけたりしてその期間を過ごした。
患者さんは表情で返事をし、あたしが冗談を言った際には軽く声も洩れた。

その反応も段々薄れ、状態が悪化し、本人もそれを悟ったのか

「病院に戻って、それで、おわりにしよう。」

その後は、唯、疼痛に顔を顰めるだけだった。
病院に戻り、もう一度疼痛管理について家族からも打診した。

しかし、結局最期までロクな鎮痛剤は使っておらず、
最期は顔を顰めたまま亡くなったと言う事を聞いた。
自宅から病院に戻って一週間目の事。

それまで想像もできない位の疼痛と苦痛を受けていたかと思うと、
腹立たしさしか出てこなくなった。

耐える必要の全く無い痛み。麻薬で劇的に疼痛が軽減する疾患。
効かなくなる事例もたまには起こるが、
最大限の苦痛だけは避けられる、「終末期」の医療で唯一できる緩和ケア。
それが出来ないとなると何のための病院なのか。

その人にとって、何が一番望みで、最期まで「自分」らしく終えられるのか。

必ずしも、自分の思い通り死に際を選べる訳ではない。
不本意なものが殆どだろう。
でも、この件だけは、いまでも、しこりとなって残っている。

この時期になると思い出す。

夜の冷え込みとその患者さんの苦痛に耐えかねて洩れる声と表情。
患者さんが大好きだったコーラを口に含んだ時の笑顔や
家族と過ごしていたときの穏やかな表情。

そんな事を思うと同時に、
医療に対する不具合さや矛盾を感じずには居られない。

リアルに現場を離れている今、次に「ここ」に戻って来た時、
あたしは何を感じるのだろう。

今まで見てきた腐った現場そのままなのか、
それとも新しい視点が出来るのか。

そんな事を考えながら。
スポンサーサイト
  • at 23:03 
  • [REAL
  • TB(-) |
  • CO(-) 
  • [Edit

ご案内

プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。