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The Invisible

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http://www.yo.com/watch=g3qQfdsWRU&feature=related

罪悪感を売り物に同情を乞う。

償いつづける事がなんの意味も成さない様に。

『罪に溺れる』だけならば簡単な事だから。


吐きだしてしまうことで全て浄化される気になっているというのなら。

それが償いのだというのであれば。


なんて惨めな事。



罪に溺れる。

罪悪感さえ快感に変えてしまうほど脳味噌が沸いているのなら

かち割ってしまいたいものだと妄想にふける。

その場しのぎの言葉。

その場限りの自責。


出てくる言葉は自己陶酔の罠。

償うことなんて出来ない。
だから償ったフリをしていたいだけ。

背徳が。エゴが。幾度と無く塗り重ねられて
本当に聖者にでもなったかの様に祈りを捧げる。

そんな芝居はいらないから。
罪悪さえ感じなくなる程堕ちていって
手にいれた快楽など何の意味があるのだろう。

そんな事、どうでもいいと
壊れきってしまった脳に何を問いかけても
それがどうかしたの?としか言い出せない。

あたしの中のタブーが更に失速して無法地帯へと変わる。

そして、自分自身にさえも。

今、片手を失っても。
足を失ったとしても。
目が潰れてしまったとしても。

全て受け入れられる感覚に陥る。

リアルに体が欠ける感じがしている。
感覚さえ失って。


残虐であろうハズの「光景」があたしに触れようとも何も感じない。



あたしは意識の中で、意識を殺そうとしている。


これを「逃げ」というのか。

これを「慣れ」というのか。


あたしが何かをどうしたいだなんて勘違いも甚だしいこと。

あたしが感情を出そうだなんておこがましいこと。


ただ。それがとても悲しい事だということは。今でも。


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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

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