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Primavera

一切の「音楽」を遮断してどれ位経つのだろう。

気が狂いそうな位リピートした音でさえも
拒絶を越えて、求めなくなってしまった。

音楽を聴かなくなったのは、
音の全てにおいて、
共鳴出来なくなってしまったから。

深みのある「音」だとか、背景。
詞の意味だとか、叫び。

あたしの中で、何かが「響く」事が
無くなってしまった。

全てが意味の無い雑踏の中に
色褪せて消えていく。

同時に、感情すらも動かなくなっていた。

一切の「拒絶」を越えて「無関心」に達する。

言葉や感情。
そんなものにもう、興味は無い。
あたしにとって、
何の意味も響も無い。

行き着いた先は、ありのままの「現実」の音。

「音楽」への逃げ場を失い、
あたしが向かう先は、何があるだろう。

依存と中毒からの離脱。
それは同時に記憶や感情さえも薄れさせた。

周りに目を向けだす様に成ったからかも知れない。
自分の精神世界が崩れたからかもしれない。

クラシックをなぞっていく。

少し何か目覚めようとしても、
音が身体の中に入ろうとするのを拒む。

声すらも響いてこないのに
美しい旋律が響いて来る筈も無く。

耳が潰れてしまう位
神聖で人工的な音が
確信的に、白々しく駆け巡り続ける

溺れるほどの言い回しと

熟れた柘榴の様な匂いで。

何か奥深く響かせて欲しい。
この飢えが満ちるまで

http://www.youtube.com/watch?v=qmxFAT581T4&feature=related

602.jpg

いつかまた、「触れた」途端、目覚める気がする。
もう二度とあたしに響かないかもしれない。

音楽が醸し出す被虐感
そこに残酷な程の残像を残す。

抜け出せ無いのは結局自分自身の問題。

どうでもいいぜ、そんな事柄
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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

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