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ALGOLAGNIA

トラウマはトラウマでしか癒せない。

君が空けた穴は君でしか埋まらない様に。代償になるものなんて何一つ無い。

あたしがM嬢を続ける理由。それは克服。

なにか忘れたい傷ならばそれを余計広げて傷を埋めてしまえばいい。
その思想は昔から変わらない。

SMで少しでも愛情を感じられれば。苦痛が快楽に変わってしまえば。

もうあんな夢や過呼吸で目覚める事も無くなる。   

そう願いを託し今に至る。

ショーをし続ける理由。

見る人の好奇心・願望・拒絶・優越感に満ちた眼。表情。 全てが露わになる瞬間。

それが見たいんだ。何を感じているのか。抑制している感情と。
そしてショーをしている相手との精神的な関わり。     

相手が何を考え、感じアタシと接しているのか。

信頼・拒絶・不信感・愛情・「道具」としてのアタシ。 全てを孕んでそれはSMとなっている。

縛り方や強さ。眼。それが素で直接あたしの全身に触れる。

二度と縛られたくない人も居れば意思の疎通が図れている人もいる。                   アタシに対しての拒絶や人形扱いされているかなんてすぐ緊縛に現われる。

ばれていないと思っているのはお互い様で。
それはそれで求められているモノを演じればいい。

そしてアタシは吊るされている時しか自由になれない。

何時も物事に対する思想が頭から離れないあたしにとって唯一、 自分自身から解放される時。
解放は決して快楽では無いのだけれども「無」になれる時。

観客やショーの相手が素になる様に、あたしも全身素になっているのだ。                             
しかも解放されるのは体が極限に達した時だけ。

「痛み」の極限で最大に全身の苦痛に耐えている時。

その瞬間しか解放されないのだ。

あたしは何時だって体の限界に破滅を羨望している。

苦痛が快楽に変わるのは気が遠くなりそうな程、程遠いもの。

体が限界を超えるまで。

快楽精神が芽生えるまで。

あたしは「此処」に居るのだろう
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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

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