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葬儀

あたしは日本の葬式に長年疑問を抱いている。

仏教なのか宗教なのか解らないが疑問は「火葬」に向けられる。

地域により形式は違う部分があるのかも知れないが、 故人が火葬にかけられる時、何故に喪主が火をかけるのだろう。

こんな残酷な事があるのだろうか。在るべき物なのだろうか。

棺桶の端に火が掛かり、黒く燃え上がっていくのを見送りながら。 現実にあたしは思わず眼を逸らした。

その当時はとても耐えられなかった。 狂ってしまう程愛した人だから余計に。大事な人だから余計に。

何故、なんの意味を持つのだろう。感傷を深めるだけではないのか。 「やめて」と叫びたいのを必死で耐える。

もうどうしょうもないのに。 骨だけになった姿を見るのは一番辛い。それまでの故人の姿が一気に塗り替えられてしまう。

さすがに耐えられず嗚咽を洩らす。狂気に似た泣声をあげる。 そして残酷さを憎んだ。

宗教に憤りを感じ、それは言葉に出来ないものに変わる。 宗教の名の下に何でも許されてしまうのか。

現実は現実で受け入れなければならない。逃げることなんて出来ないのだから。 決して慣れるものではない。

誰も何の疑問も持たず連日絶え間なく同じ動作が繰り返されていく。抵抗すら感じず、流される。

そうするしかないのは解っている。 でももう少し残酷さを取り除けない物なのか。

棺に釘を打ったり、火葬時にわざわざ喪主が棺桶に火をかけなくてもいいのではないか。

゛其処まですれば、残された人の未練が無くなる゛と言う話も聞いたが、そんなものなのか。

余計感傷を深めてしまうだけだと思うが。 あたしはもう数年経っているが決してその時の場面を忘れてはいない。

最期のインパクトが余りにも強すぎて故人の思い出が掻き消されそうになる程だ。 宗教ってなんなのか。

神を崇め、大義名分を立て宗教の名の下に全ては行なわれている。 そんな軸はいらない。

日本の中での宗教は共通されている様なもので習しであるが、疑問は残る。

誰か、あたしの納得の行く様に説明してくれないか。 何故、ここまでする理由があるのかを。

火葬に立ちあう事は親族でない限り中々許されないこと。 それだけ神聖さも持ち合わせているモノなのか。 何の意味があるのかあたしにはまだ解らない。
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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

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