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CONDITIONAL

かなり昔に忘れていた「感情」が芽生える。あたしはそれを抑し殺そうとした。
関連付けて否定しようとした。

もうこれ以上失うのは嫌だ。いつか「失うもの」なんて欲しくない。と。

本能と理性は違う物で。 感情は自発的に湧き上がるもの。抵抗の仕様が無い。

それに対しての理性だなんて何の意味も成さないかの様に。

きっとこの「感情」はいつか「風化」していって。

何事も無かったかの様に生きていくのだろう。 でもきっちり「記憶」だけは残って。

記憶があるから苦しむ。記憶があるから学習する。愛おしさを感じる。憎しむ。

精神的には遥か昔に壊れて。それに追いつくかのように身体が反応していく。

自分を犠牲にする事が愛情ではない。と主張した。

でもきっと。自分を「犠牲」に出来るまでの「精神」が「愛情」で。

見返りを求めるから犠牲に出来るのか。相手の役に立ちたいと思うのが「本能」なのか。

自分が狂ってしまうまでの愛情はエゴ的に映るが、

お互い何かを分け与えないと何の意味もなさない物になるのか。

見返りの無い愛は虚しいだけなのか。

あたしが出来る事は。 何があるのだろう。

求められるままだけではなく、「自分」がぼやけない程度に。

そんな事を考えてしまう。

今まで人から与えられた「愛情」をエゴの押売りだと撥ね付け、否定した。

そう感じたのはその相手に対してあたしの愛情が無かったからだと思う。

だからどんな酷い事も出来た。だから何も求めなかった。

「大切」な友達が傷ついているのを見て

゛なんで君がこんなに傷つかなきゃならないの゛

心臓の奥深くに鈍い痛みと怒りで支配された。殺意で涙が流れた。

今でもその時の感情を憶えている。

この感情はなんなのか。その正体は判っている。 でも、認めたくは無くって。

このまま感情が風化するのを待つ。 「エゴ」を押付けるのは、最も嫌いな事だから。
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プロフィール

sakyohidzuki

Author:sakyohidzuki
左京
S.58.9.28

いつまで経っても手負い。笑
この運動神経のなさで生き延びているのが
不思議なくらい。

現実には色んな事柄に束縛されてるのに
今まで以上に自我のまま進めてるのは
一種の諦めのようにも思う。

昔一番だったものは入れ替わり。
眼中になかったものに価値を見出し

攻撃系はすべて自分の内面に。
もちろん゛暴力゛は忘れずに。

時々感情のコントロールが出来なくなる
フラッシュバックに嗚咽が出るほど叫びまわっても
最期に行き着く場所は同じ。

知らず知らずに自滅しているのは
毎度のことで。

無関心に堕ちる前に
終らせたい事とか。

無様な姿を曝すのも
ここだけでいい


☆ポートレートモデル
再現VTR、MV、CM等々しれっと
いたりする。
ベストジーニスト2016一般部門
投票終了!
応援&投票有難う!!

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